
ロッテリアが終わると聞いたとき、最初に浮かんだのは看板でもメニューでもなかった。紀伊國屋の裏手から降りていく、あの地下への道筋である。90年代から2000年代、新宿へ出るたびに本を抱え、そのまま地下のロッテリアへ向かった。買ったばかりの本と一緒に階段を下りるところまでが、私にとっては読書の始まりだった。
地下には、やけに広いフロアが待っていた。都会の真ん中にいるはずなのに、そこでは時間が少しだけ歩調を緩める。本の匂いとポテトの香りが混ざり、紙袋から出したばかりの新刊がトレイの隣に収まる。この取り合わせに名前をつけるなら、秘密基地でよいと思う。基地にしてはずいぶん開かれているが、誰にも邪魔されずに過ごした午後は、たしかに自分だけのものだった。
思い返すほど愛おしいのは、本を開く前のわずかな間である。表紙を上にして机へ置き、栞を挟む場所もまだ決めないまま、まずフライドポテトに手を伸ばす。指先に塩気が残るので、紙ナプキンで念入りに拭いてからページをめくる。その小さな手順が、日常から読書へ入るための作法になっていた。ロッテリアの紙ナプキンは、食事のためだけでなく、本の世界へ渡る直前の手を整えてくれたのである。
ポテトの軽やかな塩気とほくほくした食感は、私の記憶の中で今も鮮明だ。そしてリブサンド。ポークパティとレタスを、サワー種を使った全粒粉入りのソフトフランスパンで挟み、スモーキーでスパイスの効いたBBQソースとハニーマスタードソースで味をまとめる。甘辛さと香ばしさをかみしめ、また本へ戻る。ポテトとリブサンドのセットは、青春の午後を落ち着いて支えてくれる、頼もしい布陣だった。
ロッテリアは1972年9月29日、日本橋と上野に最初の店を開いた。半世紀を超えて親しまれてきたその名は、2026年3月末をもって国内全店の閉店を迎え、その後は順次ゼッテリアへ転換される予定だという。長く見慣れた響きが記憶の側へ移ると知ると、胸の奥では地下のフロアがいっそう広くなる。
店名とは、不思議な容れ物だ。赤いロゴの置かれたトレイも、紙ナプキンの手触りも、買った本を初めて開いた瞬間も、ひとつの響きの中へきれいに収まっている。ロッテリアと聞くだけで、地下へ降りる足取りまで戻ってくる。記憶は味だけを保存するのではない。階段の向きや机の広さ、その日に本を抱えていた腕の感覚まで、ひそかに取っておく。
だから、もう一度リブサンドをかみしめながら、新しい本をめくりたいと思う。ポテトに伸ばした指を紙ナプキンで拭き、まだ癖のついていないページを開く。かつて何度も繰り返しただけの午後が、今ではかけがえのない贅沢に見える。ロッテリアという名を思うたび、あの地下ではこれからも、本を読む前の静かな儀式が続いていく。





