山の上ホテルの階段を地下1階へ降りると、コーヒーパーラー「ヒルトップ」がある。ただし、ここで地下という言葉を信じすぎると少し話が違ってくる。ホテルは駿河台の丘の上にあり、店は上り坂に面しているので、大きな窓から日差しが入るのだ。
階段は確かに下りた。それなのに50席の店内は明るく、地下へ来た感じがなかなかしない。自分の足と目のどちらを信用するかという、どうでもいい迷いを抱えたまま席に着く。
通路側には水出しコーヒー機があり、そのいちばん近くの席には池波正太郎がよく座っていたという。店内には池波が描いた絵も飾られている。もっとも、この日に私の目を占領したのは、絵でもコーヒー機でもなく、皿の上の白鳥だった。
山の上ホテルのプリンアラモードは、昔ながらの濃厚なプリンに季節のフルーツとバニラアイスが添えられ、白鳥のかたちをしたシュークリームまでいる。プリンアラモードに白鳥が必要なのかと聞かれれば、必要に決まっている。目の前にちゃんといるのだから、こちらの理屈のほうを引っ込めるしかない。
白鳥は皿の端で羽を広げ、気品溢れる姿を保っている。プリンへスプーンを入れ、フルーツへ移り、バニラアイスを食べている間も、白鳥だけはまだ無傷である。最後まで残すのが礼儀なのか、シュークリームなのだから早めに食べるべきなのか、妙な遠慮が始まる。
白鳥を眺めている数分まで含めて、このプリンアラモードなのだと思う。坂の上のホテルで階段を地下1階へ降り、窓から入る光の中で、白鳥をいつ食べるかだけを真面目に考える。皿が空けば迷いも終わるが、あの白鳥の気品だけは、こちらの都合よく記憶に残った。