
ミャクミャクが現れるところには、今や自然発生的に人垣が生まれる。気づけば誰もが足を止め、写真を構え、あの不思議な輪郭を視界に収めようとする。グッズは飛ぶように売れ、街角に現れれば小さな祝祭が始まる。だが、この人気者にも、確かに人知れぬ静かな時代があった。
まだ万博という言葉が現在形になる前、ミャクミャクは世間にとって刺激が強すぎる存在だった。突き抜けたキャラクターを求められ、結果として本当に突き抜けてしまったその姿は、多くの人に戸惑いを与え、同時に距離を生んでいた。2023年10月、高輪ゲートウェイに姿を現したあの日、その空気は象徴的だった。
期待と不安を胸に、早めの時間に現地へ向かうと、駅前は驚くほど静かで、万博PRの一角もひっそりと息を潜めていた。やがてミャクミャクが登場しても、周囲の反応は鈍く、人の流れはほとんど変わらない。集まっているのは関係者ばかりで、偶然居合わせた人々は、理解が追いつかないものを遠巻きに眺めるような表情を浮かべていた。
その分、距離は近かった。撮影も自由で、ポーズも思うまま。駅という場所柄、動きの一つ一つがどこか律儀で、ぎこちないほど真面目だったのを覚えている。静かな空間で、iPhoneのシャッター音だけがやけに大きく響いていた。
あれから時を経て、ミャクミャクは見事に世界へ溶け込んだ。あのときの静けさを知っていると、今の熱狂は少し眩しすぎるほどだ。売れて良かったという言葉では足りないが、あの閑散とした高輪の朝があったからこそ、今の光景がより深く胸に染みる。ミャクミャクは確かに、時間をかけて人の中へ歩いていったのだ。
そんなブレイク前のミャクミャク写真をいっぱいどうぞ。


































