• 万博閉幕から

ブルガリア館のオブジェ、桜川市へ

ブルガリア館のオブジェ、桜川市へ

ブルガリア館の前庭に立っていた祈りのかたちは、万博の喧騒の中で静かに重さを放っていた。平和を象った巨大な手は、遠い国の思想であると同時に、日本の石から生まれた確かな実感でもあった。
茨城の山で育った御影石が、海を越えた願いを抱え、夢洲に立ち上がったのである。

やがて万博を終えたその石は、桜川の空の下へ戻り、公園の一角に腰を据えた。夕暮れ、クレーンに導かれて静かに降ろされる姿は、長い旅の終着であり、新しい日常の始まりでもあった。背後では子どもたちの遊ぶ声が弾み、祈りは特別な場所から、誰もが通り過ぎる風景へと溶け込んでいく。
遠い世界の痛みを抱えた石は、今や身近な公園で、訪れる人を静かに迎えている。そこへ足を運べば、万博が遺した平和の余韻に、思いがけず出会えるだろう。

茨城が世界に誇る石材「やさとみかげ」 万博のモニュメントにも採用
1/4(日) 9:30配信 毎日新聞

 2500万人が訪れた大阪・関西万博は2025年10月、熱気の中、フィナーレを迎えた。会期中、全周約2キロの大屋根「リング」の内外には165の国・地域・国際機関が出展。その一つ、ブルガリア館の前庭には「平和の祈り」をテーマにモニュメントが飾られ、世界に強いメッセージを放った。
 作品「Prayer For Peace」(高さ2・8メートル、幅・奥行き各1・5メートル)。茨城県石岡市八郷(やさと)地区産の御影(みかげ)石「やさとみかげ」を用いて、隣の桜川市にある工房で作られたことはあまり知られてはいない。
 台座にそう刻まれたモニュメントは、一般社団法人・日本石材産業協会(東京都千代田区)加工部会が、ブルガリア人彫刻家のイバン・ストヤノフさんと共同制作した作品だ。ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザ地区での戦闘は今もなお続く。部会長で、桜川市の石材字彫(じぼり)業、北島敏行さん(46)は「1000年先まで残る石を使い、万博で『平和』という人類共通の願いを発信したかった」と振り返る。
 ブルガリア大使館を通じて日本に招かれたストヤノフさんは、24年10~11月、制作に励んだ。後に、協会が発行した記録冊子にストヤノフさんの石への思いがつづられている。
 万博での展示に向けて2年がかりで、北島部会長らと日本とブルガリアの両国に働きかけた桜川市の石材加工業、坂口登さん(58)はそう捉えていた。25年5月、ルメン・ラデフ大統領がモニュメントを見学しPR効果も十分得られたが、北島さんも坂口さんも万博後の活用が気がかりだった。万博会場までの運搬費用の一部(約100万円)を負担してくれた桜川市に掛け合うと、制作した協会が寄贈する形で市内に置かせてもらえることに。市観光商工課の担当者は「万博で展示されたモニュメントを受け入れることで、ヘリテージストーンの認知度向上、ブルガリアとの交流を広く発信できる」と期待する。
 25年12月の夕暮れ時、桜川市中泉の大和駅北公園ではクレーンでつり上げられたモニュメントが6時間がかりで据え置かれた。祈りをささげる巨大な手の後ろで、遊具で遊ぶ幼子の声が響く。立ちあった坂口さんが目を細め、つぶやいた。
(茨城が世界に誇る石材「やさとみかげ」 万博のモニュメントにも採用(毎日新聞) – Yahoo!ニュース)

投稿日:2026年1月4日

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