
コモンズDの一角に、ふと光を反射する淡いピンクの世界がある。そこがパキスタン館だ。
外務省の地図では、慎重な赤字で「レベル2:不要不急の渡航は止めてください。」と警告が踊る。だが夢洲に足を踏み入れれば、その忠告もどこか遠い国の昔話のように思えてくる。ここでは誰もが、ほんのひととき、危険という言葉の外側にいる。

パビリオンの床には、ピンク色の岩塩が一面に敷き詰められている。まるで大地そのものが呼吸しているようだ。岩塩はパキスタン北部、ヒマラヤの裾野に広がるカタパッハール鉱山から採れるという。八億年前、海がまだ地上に眠っていた頃の結晶。その古代の光が、今ここで万博の照明を受けて淡く輝いている。

展示の中心には、削り出された岩塩の塊が据えられていた。見れば見るほど神秘的な色だ。ピンクともオレンジとも形容しがたく、まるで夕暮れの空を閉じ込めたような透明感。近づくと、ほのかに潮の香りがする。時間の流れすらも塩の中に封じられているようで、思わず息をひそめる。

壁には山々と鉱山の写真が並び、人々が岩塩を掘り出す様子が映し出されている。遠く離れた地で働く手のぬくもりが、そのままこの空間を満たしているようだった。

このピンクの結晶の上を歩くと、世界の深いところとつながったような錯覚に陥る。
万博とは、たぶんそういう場所なのだ。遠くて近い国々の“心の断層”が、ふと交わる場所。
パキスタンの岩塩は、静かにそのことを教えてくれる。