小室哲哉のビルボードライブは毎回大満足なのだが、今回はたくさん歌うという噂が耳に入っていた。何を歌うのか。そもそも、どんなライブになるのか。噂ひとつを材料に、こちらの期待だけは開演前から勝手によく育つ。
今回は結構奥の方の席になった。会場図を見た段階では本当に見えるのかと疑っていたのだが、座ってみると意外と見える。会場図に向けていた疑いの目は、早々に引っ込めることになった。
そして本人登場となったのだが、小室哲哉が私の横をさーっと駆け抜けていった。登場した、近くを通った、では少し違う。さーっと駆け抜けたのである。
ほんの短い出来事なのに、そこだけ妙に残っている。なんかニューロマンティックのアーティストのようなかっこよさで、こちらが状況を飲み込む前にはもう先へ行っていた。奥の方の席だと思っていたら、いきなり横を小室哲哉が通る。会場図にはそこまで書いてなかった。
1曲目は「LET’S DO THE MOTION」。しかも最初から歌う。たくさん歌うという噂を持ち込んだ身としては、早くも自分に都合のよい答え合わせが始まった気分である。
そこから「ムーンライトダンス」「Promise to Promise」「Pure」と続く。何を歌うのかと考えていた開演前の時間に対して、曲が順番に答えを置いていく。その答えを受け取りながらも、先ほど横を駆け抜けた姿がまだ頭の片隅に残っている。曲を聴きながら余計な反芻までして、私の脳はずいぶん忙しい。
「Major Turn-Round」を経て「Humanrace」へ。この日の「Humanrace」には、曲そのものに加えて大きなおみやげが付いてきた。小室哲哉がショルキーを持ったときは撮影OKとなったのだ。
これまでライブの記憶は、とにかく自分の脳にしか記録できなかった。目で見て脳に入れ、あとは脳の管理能力を信用するしかない。ところが今回はiPhoneにも残せる。急に記録先が増えた。
撮影している間も、目の前にはショルキーを持った小室哲哉がいる。iPhoneへ残したい。しかし自分の目でも見たい。脳だけに任せるのが心配だから撮っているのに、撮ることへ集中しすぎれば今度は脳に残らない。ずいぶん都合のよい悩みである。
それでも、自分の横をさーっと駆け抜けた姿から、「LET’S DO THE MOTION」で歌い始めた時間、その先の「Humanrace」までを過ごし、実際の記録まで持ち帰れる。これはとんでもないおみやげだった。
「End Theme Of How Do You Crash It 〜 EVLOLUTION」から、アンコールの「fate」まで、その日に提示された流れを受け取った。たくさん歌うらしい、奥の席から見えるのか、と開演前から働いていた私の心配は、終わってみればずいぶん忙しく空回りしていた。
とにかく贅沢な時間だった。そしてiPhoneには、脳内だけではない小室哲哉が残った。見返せばショルキーを持った姿だけでなく、横をさーっと駆け抜けた瞬間まで勝手に戻ってくる。撮れていないところまで再生されるのだから、脳もまだ捨てたものではない。