
2024年6月7日、Billboard Live TOKYO。小室哲哉「TK SONG MAFIA #1」は、「RUNNING TO HORIZON」から始まった。
この曲とは、ずいぶん長いあいだ、さまざまな器で付き合ってきた。CDで始まり、ウォークマンに持ち歩かれ、MDに詰めこまれた。VAIO music slipやメモリースティックWMを経て、iPodからiPhoneへ。再生する道具は何度も姿を変えたのに、「RUNNING TO HORIZON」だけは耳を離れなかった。
人生のBGMという言葉では、どうにも収まりが悪い。もっと執拗で、呪文や祭壇や道標に近い。何万回聴いたのか、もはや見当もつかない。再生機器の変遷をたどれば、個人史のかなりの部分がこの一曲に串刺しにされている。機械は古くなり、記録媒体は入れ替わっても、曲は毎回、同じ入口を開けて待っていた。
その「RUNNING TO HORIZON」が、唐突に現実の空気を震わせた。信じられず、身を乗り出す。まさかと思っているうちにイントロが終わり、長年しまわれていた何かが完全に決壊した。聴き続けてきた曲が目の前で鳴るとき、記憶は順番を守らない。ウォークマンもMDもVAIO music slipも、一斉にこちらへ押し寄せてくる。
一曲目にして、すでに充分だった。いや、充分以上だった。「魂の元が取れた」という妙な勘定が、これほどしっくりくる瞬間もない。もちろん公演はそこから先へ進む。「Many Classic Moments」や「約束の丘」を通り、「Get Wild」へ至る。その流れは、小室哲哉がその日に差し出した一つのコースとして続いていった。
セットリストには、「曲名は無いということ」と記された曲もあった。「Jun Ashida」のイベント用に作ったみたいな曲だという。名のある曲が連なる夜の中に、曲名のない一曲が置かれている。その小さな空白が妙に心に残る。名前がなくても音楽はそこにあり、その日の記憶にはきちんと居場所を持つ。題名という札を外したまま、音だけが先に歩いていくようだった。
そしてアンコールに「GRAVITY OF LOVE」。最初に「RUNNING TO HORIZON」があり、最後にこの曲が待っていた。1stと2ndシングルが同じ日の両端に立つ。その並びを受け止めるだけで、長く聴いてきた時間が静かに報われていく。かつて繰り返し再生した曲は、思い出の棚に収まっていたのではない。今も息をし、現実の空気を揺らしていた。
会場を出ると、世界は明るすぎる昼の中にあった。夢の粒子のようなものがまだ皮膚にまとわりつき、現実の地面がしばらく他人のものに思えた。けれど耳の奥には、たしかに二つの曲が残っている。何度も持ち運んできた音楽を、今度は自分自身が抱えて帰る番だった。

