
公演名に添えられた「#2」という数字が、開演前から妙に気になっていた。今回は2日間4ステージ。その一つひとつに「#1〜#4」と番号が振られている。すべて異なるセットリストなのか。同じ骨格の中に、小さな変化が潜んでいるのか。記号一つで、待つ時間まで公演の一部になってしまう。
とはいえ、同じ曲が鳴ってもかまわない。もう一度聴くことは、繰り返しではないからだ。一度目には興奮にさらわれた音が、二度目には輪郭を持って近づいてくる。同じ旋律でも、こちらの耳には前の記憶が一枚重なっている。「#」の後ろに付いた数字は、ステージだけでなく、聴く側の現在地まで示しているようだった。
照明が落ち、最初に鳴ったのは「RUNNING TO HORIZON」。#1と同じ幕開けである。その事実に気づいた瞬間、胸の中で前の夜とこの夜が静かにつながった。今度は押し寄せる音に身を任せるだけではなく、一つひとつの音符を噛み締めるように聴く。小室哲哉が鍵盤に触れるたび、その音へ連なってきた時間の重みが伝わってきた。
そこから「South Beach Walk」、「Many Classic Moments」、「約束の丘」へと進んでいく。曲名を追うだけなら数行で済む。しかし、ライブの記憶は一覧表のようには並ばない。最初の一音に身体が反応したことや、次の曲を待つわずかな間に胸が騒いだことまで、曲と曲の隙間へ細かく挟み込まれていく。その夜のセットリストは、演奏順であると同時に、こちらの感情が動いた順番でもあった。
「Merry Go Round」、「Coexistence」を経て、「Get Wild」が置かれる。長く親しんできた音も、この日の流れの中へ入れば、この日の一曲になる。懐かしさだけを取り出して眺めるのではない。過去から連なってきた旋律が、いま目の前で鍵盤に触れる人の手によって、もう一度現在へ運ばれてくる。その運搬作業を見届けているような時間だった。
とりわけ心に残ったのは、曲の配置が少し動いたことだ。#1ではアンコールで演奏された「GRAVITY OF LOVE」が、この#2では本編の最後を飾った。曲そのものを変えず、置き場所を変える。それだけで終演へ向かう景色が変わる。部屋の中で大切な椅子を少し動かしただけなのに、窓から入る光まで違って見えるようなものだ。
本編の終わりに「GRAVITY OF LOVE」があることで、その旋律は締めくくりの役目を帯びた。終わったという感覚より、音が胸の奥へ移って、そこで鳴り続ける感覚のほうが強い。アンコールには「Traffic Jam」が待っていた。最後まで、曲順そのものがこの夜だけの意思を持っている。
小室哲哉は、単に懐かしい曲を並べていたのではない。自身が生きてきた音の歴史を、その夜の順番で今へ紡ぎ直していた。「#2」という小さな表記に始まった想像は、曲の配置が生む余韻として着地した。静かな熱狂の中、観客もまた、過去と未来のあわいを旅していたのだ。



