Dialogue Theater、泉佐野へ

Dialogue Theater、泉佐野へ

万博の会場で静かに人々を引き寄せていた場所があった。華やかな未来技術を競うパビリオン群のなかで、「対話」という目に見えない営みを主役に据えた「Dialogue Theater―いのちのあかし―」である。

その特別な空間が、今度は大阪湾の向こうに関西空港を望む泉佐野丘陵緑地へと旅を続ける。しかも建物だけではない。奈良県十津川村の廃校となった中学校、京都府福知山市の小学校分校から受け継がれた木造校舎、そして会場の中心で人々を見守っていたイチョウの木まで、万博の記憶を抱えたまま丸ごと移築されるのである。

夢洲でこの場所を訪れた人なら覚えているだろう。スクリーン越しに見知らぬ誰かが語り合う姿を眺めているうちに、自分自身もまた誰かと向き合いたくなったあの不思議な感覚を。世界が分断や対立に揺れる時代だからこそ、この場所には数字では測れない価値が宿っていた。

泉佐野に移された後も、その物語は終わらない。空港から世界へ向かう人々、世界から日本へやって来る人々が行き交う場所で、新たな対話が生まれていく。木造校舎に刻まれた時間、イチョウが見守る風景、そして万博で紡がれた記憶が重なり合い、ここだけの空気をつくり出すだろう。

万博のレガシーとは、建物を残すことだけではない。人と人が向き合うきっかけを未来へ渡していくことなのだと思う。泉佐野には近い将来、万博の続きを静かに体験できる特別な場所が生まれる。その日を思うだけで、少し遠回りをしてでも訪ねてみたくなるのである。

万博の「河瀬館」、シンボル的存在のイチョウと共に泉佐野に移築へ…河瀬さん「記憶受け継ぎ対話続けたい」
6/11(木) 14:36配信 読売新聞オンライン

 大阪・関西万博で、映画作家の河瀬直美さんが手がけたパビリオン「Dialogue Theater―いのちのあかし―」が、関西空港を一望する大阪府泉佐野市の緑地に移築される。世界で分断が深まる中、様々な人たちによる「対話」をテーマにした展示は注目を集めた。河瀬さんは「万博の記憶を受け継ぎ、日本の玄関口である泉佐野で対話を続けたい」と話す。
丸ごと
 パビリオンは、廃校となった奈良県十津川村の中学校と京都府福知山市の小学校分校の木造校舎を活用。スクリーン越しに人々が会話する様子を来場者が、映画のように鑑賞する演出が話題となり、会期中に計1633回行われた。
 泉佐野市への移築は、パビリオンの受け入れ先を探していた河瀬さんに、千代松大耕市長が閉幕直前、「泉佐野で引き受けたい」と声をかけたことがきっかけで決まった。千代松市長は、小学校分校の跡地からパビリオンの中心に移植され、シンボル的な存在となっていたイチョウが「市の木」であることなどから縁を感じたのだという。
 パビリオンだけでなく、イチョウなどの植栽も含めて丸ごと、泉佐野丘陵緑地へ移すことが決まった。

 会期が半年と限定された万博の建物は「仮設建築物」として建てられたため、恒久的な移築には、建築基準法の規定を満たす再設計のほか、移送やその後の維持管理費がかかるからだ。
 こうした事情を踏まえ、河瀬さんは、開幕前から閉幕後にすべて移築することを見据え、業者と解体までを丁寧に行う契約を結んだ。樹木が深く根を張らないよう台座にのせて植栽するなど、工夫を重ねていたという。
 市によると、移築費用は約18億円を見込み、大半は企業版ふるさと納税の寄付金で賄われる予定だ。市おもてなし課の担当者は「泉佐野に新たな人の流れが生まれることを期待している。関西空港の地元の自治体として、『いのちのあかし』を通して多文化共生を広げていきたい」と話している。
(万博の「河瀬館」、シンボル的存在のイチョウと共に泉佐野に移築へ…河瀬さん「記憶受け継ぎ対話続けたい」 : 読売新聞)

投稿日:2026年6月14日

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