IBMが力を注いでいたOS、OS/2 Warp。そのノベルティとして手元にあるのが、クリップである。大きな名前を背負っているのに、担当する仕事は紙を挟むこと。この取り合わせを眺めていると、妙に納得してしまう。
クリップは貼りつけない。穴も開けない。必要なあいだだけ紙と紙の関係を保ち、用が済めば何事もなかったように外せる。私はこの「挟むだけ」という仕事を、必要以上に気に入っている。
紙をまとめるなら、もっと厳重な方法もある。しかしクリップは、そこまで話を大きくしない。数枚の紙がばらばらにならなければ、それで任務完了である。成果を主張せず、書類の片隅に残るだけという態度もいい。
OSについて語ろうとすると、こちらまで大きな話をしなければならない気分になる。だが、目の前にあるのはクリップだ。OS/2 Warpという名前を眺めながら、実際にすることは紙を数枚そろえて挟むだけ。この小ささに救われているのは、たぶん私のほうである。
しかも「Warp」という勢いのある名を持ちながら、役目は紙が散らばらないようにじっとしていることだ。急ぐような名前と、静かに挟み続ける仕事が同居している。そこまで考えて使う人はいないだろうが、私は考える。せっかく残っているのだから、こちらも少しくらいしつこく眺めたい。
クリップは使っている最中より、外したあとに所在が気になる。机の端に置くのか、引き出しへ戻すのか、それとも次の紙を挟ませるのか。貼りつけて終わりではないから、何度でも出番を渡せる。OS/2 Warpの名も、そのたびに机の上へ戻ってくる。
企業ノベルティなのだから、企業名や商品名を覚えてもらう役目はあるのだろう。けれど、このクリップは名前を大げさに飾るより、紙と紙のあいだへ入り込む。目立つ場所を選ばず、挟める場所に収まる。その控えめさまで含めて、OS/2 Warpのノベルティとして妙に具合がいい。
もちろん、記憶までクリップできるわけではない。それでもIBMとOS/2 Warpの名が、何かを挟むという日常の用事にくっついて残っている。今日も私は紙より先にクリップを眺め、まだ挟んでもいないのに、すでに十分働いてもらった気になっている。