キングス・クロス駅には、時間が幾重にも折りたたまれている。鋳鉄の柱とガラス屋根の下には、いつも列車の息づかいが漂い、人々はそれぞれの物語を抱えて通り過ぎていく。かつて煤けていたその空間は、再開発によって光を取り戻し、古い駅舎の骨格と新しい天蓋が、まるで過去と未来が握手するように重なっている。
ふと視線を上げると、プラットフォーム9¾の表示板が見える。冗談のようでいて、いつのまにか現実に染みこんだ魔法の入り口。写真を撮る観光客たちの笑顔を見ていると、この駅がいかに多くの夢の通過点であるかを思い知らされる。
外へ出れば、かつてのバトル・ブリッジ――名の通り血の匂いが残っていた土地が、いまや静かな運河沿いの遊歩道へと姿を変えている。赤煉瓦の倉庫にはギャラリーやカフェが入り、若者たちがノートパソコンを開きながら未来を描いている。
カムデンへと足を延ばせば、音楽と古着と香辛料の匂いが入り混じり、ロンドンという街の多面性がそのまま息づいている。どこかでギターが鳴り、別の場所でスチームパンクの帽子が売られている。
キングス・クロス駅は、ただの出発点でも到着点でもない。ここでは、旅人たちの心がひそやかに入れ替わる。通り抜けた人の数だけ、異なるロンドンが生まれるのだ。
↑ wikipediaでの写真
キングス・クロスの駅近く
キングス・クロス/King's Cross
- キングス・クロス駅情報
- 駅開設:嘉永5年10月14日 今年目
- 乗降客数:68,440人 (2022-23年)